2006年06月22日

【辛口】どこにでも出没注意【御免】

山ではクマと同じくらいタチの悪いものが、日本全国地域季節を問わず間違いなく必ず出没する。



「中高年登山者」に圧倒的に多い無神経迷惑軍団だ。
山頂での大喧騒、ぶちぶち植物をむしりとる、木道を外れて湿原に足を踏み入れる、果物の皮をポイポイ放り捨てる、登山道にどっかり腰をおろして通路を塞ぐ、・・・・などなどマナー知らず、神経ぶっ飛び、その傍若無人の暴君ぶりは枚挙にいとまがなく、目を覆わんばかりの惨状である。

信州の高妻山に登ってきた。
例に漏れず、100名山として人気の山である。
コース距離も長くアップダウンが多く、なかなか手ごたえ(足こたえ)のある山であった。
(登山記録は後日別記事とする)

その高妻山登山コース途中にあり戸隠連峰稜線鞍部位置する「一不動避難小屋」は、あくまでも非常用である。
避難小屋と言ったら読んで字の如く避難するための小屋なのだ。
日本語がわかる方々なら意味はおわかりだと思うが、避難小屋は宿泊が主目的ではない。
登山口にも、非常時以外は宿泊利用しないようにとの注意書きが頻繁に出ている。
なのに・・・・相変わらずどこのサイトを見ても、当たり前のように何の悪びれもなく常時宿泊用として使った記述がひきもきらず見られる。(年齢は不明だが)
この手の輩には日本語が通じないのか。

小屋の裏手には宿泊者の汚物の悪臭。
ゴミが小屋周辺に散乱。
この汚染が地下に浸透し、この小屋の直下にある貴重な「氷清水」の水源も汚染してしまう。
周囲の植生などの環境にもダメージを与えてしまうのだ。
(すでに現実に屋久島の避難小屋近くの水源は汚染されてしまってすでに死んでいるのだ)

さてこの日、私が下山の折、その一不動避難小屋の脇で休憩していたら中高年団体5名が下から登ってきた。
時間帯からして、どうもこの小屋に当然の如く泊まるつもりらしく、堂々たる雰囲気である。
さらに・・・・着くやいなや、案の定早速確実にやらかしてくれるではないか。
何と茂みにずかずか分け入り、山菜らしき植物をむしり始めた
たまらず注意する。
歳上の年代に向って注意する言葉を選んでいるうちに、情けない気分にさせられてしまった。
この様子では彼らがその後しでかしたであろう「不始末」は想像に余りある。

以前別のサイトに私は2001年の屋久島宮之浦岳縦走記録を掲載した。
その時の避難小屋で目撃した大馬鹿者中高年軍団の惨澹たる一部始終の有様は、思い出すだけでも吐き気がするのでここではやめておく。

中高年全部が全部そうではないと思う。
しかし、どうしてこんなことが平気でできるのだろうと思うことがあまりにも多すぎて目立ちすぎるのだ。
加齢とともにいろいろな面で円熟してくるのと引き換えるかのように、何かしらの神経配慮が切れてしまうのだろうか。


それともうひとつ。
明らかな夏季低山の日帰り余裕コースで、出発時からいきなり皆当たり前のようにスパッツをつけている中高年軍団の姿を見るにつけ、苦笑する以前に虚しくアホらしい気分させられる時がしばしばある。
このジャングルのような夏山でスパッツをつけるとは何かの儀式かおまじないのつもりか。この団体のユニフォームなのか。
中高年登山者のカリスマ的存在、今をときめく岩●元●氏のご薫陶の賜物なのだろうか。
彼らは冬山入山時にはアロハシャツとバミューダパンツ、浮き輪持参に麦藁帽子にサンダルのいでたちをして笑顔で現れるのだろうか。

う〜む・・・それにしても、この場合のスパッツ装着についていろいろ謎解き。
もしかして泥汚れ防止!?
まさか・・・・もしそうだとしたら、もはやコメントに値しない。
お好きなようにしてください。

もしかして「蛭除け」!?
しかし、そもそもそれは無意味である。
蛭は、まずどこにでも侵入してくるものである。
運悪くスパッツの中に一旦入りこんだら、タチが悪い。
そのまま仲良く長時間楽しい登山のお伴である。
そして家までしっかり「お持ち帰り」。
その間たっぷり蛭さんたちに愛の献血だ。
まばゆく白かった靴下は、すっかり真紅に染め上げられていることだろう。


最後に・・・・
仮に中高年登山者を一切山から締め出したらどうなるだろう。
まるでこの世から人類が消滅したかのように、山からほとんどの人影が消え去るだろう。
これも日本の山の現実である。
posted by TETSU at 18:30| 沖縄 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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