2006年07月03日

高妻山(2,353m)登山記録(長文失礼)

登山日:2006年6月20日(火)
単独日帰り

初日
前日に登山口である、信州戸隠(とがくし)高原まで移動。
せと赤津ICから中津川ICまで高速を使うも、あとは国道19号線1本槍。

長野市内へ入り、中御所交差点を善光寺方面に左折。
ちょっとややこしい市内道路を通り、善光寺裏手の山から戸隠方面へ進路をとる。
さすがに標高が高いだけあって涼しく爽やかである。
戸隠キャンプ場の駐車場に15時すぎに到着。
本当に梅雨とは思えない超快晴の日であった。
明日も晴れるといいが、まあ雨がふらない程度なら良しとしたい。
かんかん照りだとそれなりに消耗するものだ。
さて到着後、戸隠牧場あたりをぶらぶら歩き、登山口を確認する。

日が沈んだ頃、もう1台岐阜ナンバーの車が来た。
明日、高妻山へ登る予定とのこと。66歳の男性。
57歳で初めて登山を始められて、退職後はまるで憑かれたようにのぼりまくっているご様子。
話こんでいるうちに寒くなってきて身体が冷えてしまった。


2日目
早朝4時起床。
岐阜ナンバーの男性も起きてきた。
私が食事後、朝の「ご用」を済ませている間にその方はすでに出発された模様だ。
私のその「ご用」は、ちょっとおなかがダダをこねてしまって朝っぱらから30分くらいの苦悶のひとときであった。
ちなみにキャンプ場入口には立派な水洗式トイレが完備されている?g?C??

5時20分スタート。
あたりはすっかり明るく薄日もさしてきた。
快晴とはいかないまでも高曇りで、まさにうってつけの天候。
戸隠牧場を過ぎて登山道に入るとしばらくは沢ぞいの緩やかな傾斜である。
前方に立ちはだかる山稜を見ると、谷筋に残雪がある。
さて、その山稜の手前まで来ると急な傾斜に変わる。
いつものペースで、燃料補給をまめにとりながら登る。

いよいよ難所と言われる「帯岩」通過。
全長約50mくらいの1枚岩のトラバース(横切り)区間である。
(その帯岩の前後にも短い鎖場あり)
比較的新しい1本鎖が1mおきくらいにぶら下がっている。足場のでこぼこはあるので、慎重に3点確保で通過する。
これが雨だったりしたら・・・・。かなりきついかもしれないと思った。
帯岩通過後、沢筋を上り詰めると、途中に「氷清水」を見ながら、やがて稜線に出る。
一不動避難小屋が突如姿を現す。
ここまで120分と21秒(休憩含む)

先に出た岐阜のおじさんはどんどん先へ行ってしまわれたようだ。
すごい超人だ。

一不動避難小屋前で中休止のあと、いよいよ高妻山へ向けてのでこぼこ稜線歩きにとりかかる。
道標によると高妻山山頂まで150分とのこと。
まあ、これくらいはかかるだろうと覚悟。

本当にアップダウンの激しい稜線である。
「巻き道」という言葉は、このあたりの神様の辞書にはないらしい。
途中男性4人組パーティー追い越し。(おそらく小屋泊まりか)
さらに単独高年者男性追い越し。


この間もこまめに補給を続ける。
そのうち所々眺望の開けた場所に出る。
北アルプスや頚城連峰、八ヶ岳や乗鞍まで遠望できる。
今年は本当に雪が多いという印象だ。
ここから眺める北アルプスの、あのぎざぎざの稜線のほとんどを歩いたことを思うと感慨ひとしお。
近くに見える妙高、火打、黒姫なども何年も前から1つずつ登ってきている。

・・・・・思えば
1歳半の頃、
U45.jpg

右腸骨に出来た腫瘍により右足根元から切断手術の選択を迫られ、しかも生命の保証はない危機を経験した。
それが奇跡的に助かって(当時の学会にも特別症例として報告されたくらい)、しかもこうして歩いている、歩けることに感謝。
絶体絶命のPKを神が阻止してくれたのだ。

CIMG0026.JPG


吹く風も爽やかである。
途中の高山植物の群落もとてもきれいだった。
残雪通過地点が数箇所あり、足元を取られながら難渋する。

やがて本峰への登りにとりかかる。
セオリーとして基本的には足元だけを見て地道に進むこと。
そして呼吸のリズム。

CIMG0022.JPG

本峰付近の急傾斜も終わりかけ、山頂も近づいたころ、例の岐阜のおじさんの下山に出会う!
9時すぎに到着だったというから、約3時間ちょっとで登ったことになる。
なんという鉄人!

しばらくすると傾斜は止む。
お不動さんのお祀りしてある祠のピークを過ぎ、三角点のある本峰ピーク地点に向う。
午前10時 頂上。本日2登目だ。
合計時間登り4時間40分。
例によってザックをおろして1等三角点にKISS。


ま、あえて目指しているわけではないが、故深田久弥御大のご著作なる「日本百名山」とやらは、これで35山目。
山歴24年目のシーズンを迎えることを考えると、呆れ果てるほどのすばらしい超スローペースだ。
(むしろ200名山の方が多い)

どうです?
四国八十八箇所巡りのようにまるで憑かれたように百名山巡りだけに奔走している中高年登山者諸兄方々。
こういう私を少しは見習いなさい。


途中で追い越した70歳くらいの単独行の方が山頂にご到着である。
すべての行動が泰然としている。
相当のベテランと見た。
案の定、日の長いこの季節を狙って乙妻山まで足を伸ばすと言って出発して行かれた。
こういう、じっくり腰を据えた姿を見習いたい。

あとから1名、50代くらいの男性単独行者の方到着。
しばらく、会話しつつ食事をとっているうちにみるみるうちに1時間経ってしまう。

11時下山開始。
途中で追い越してきた男性4人組とすれ違う。
あとは、語るも地獄のアップダウンの繰り返しである。

一不動避難小屋には2時間かけて到着。
その小屋での出来事は、以前の記事の通りである。

大休止のあと、帯岩通過を含む下山にとりかかる。
靴底のパターンが磨耗して溝が浅くなっている。
下りは本当に緊張する。
傾斜はやがてゆるやかになり、沢沿いのトレールにはいると今度は「蛭」さんのお出迎えに遭う。
合計10箇所やられる。
何か耳にちくっとする感覚。
どうやら耳朶の溝に沿って蛭がうまいぐあいにすっぽり入り込んでしまったらしい。
間もなく耳から血がだらだら。
「蛭が多い日も安心 ヒル用サラサーティー」が発売されないかな。
皆の衆、言っておくがこんなAB型を吸っても何も得することはないぞ。

道はやがてゆるやかになり、静かな森にはいると戸隠牧場は目前である。
牧場の何ともゆったりとした風景の中を歩き、駐車場まで。
14時30分到着。
すでによれよれ状態であった。

行動時間合計(山頂での休憩1時間除く)
往路 4時間40分(途中休憩含む)
復路 3時間30分(途中休憩含む)

「快速」とまではいかないまでも「区間快速」といったところだろうか。

その日は、以前妙高登山の帰りに泊まった関温泉の中村屋旅館さんに予約の電話を入れ、関温泉に直行。
リーズナブルで、しかも本当に落ち着く宿である。
赤い色をしたお風呂に入り疲れを癒す。
宿の裏手のブナ林の中に露天風呂もある。

入浴後、近辺のスキー場のあたりをぶらぶら散策してクールダウンを行う。
これくらいコテンパンに疲れた山行の後というものは、本当に充実感に満たされる。
posted by TETSU at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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