2006年07月28日

炎暑始動

ここの所、35℃クラスの焦熱地獄続きの Nagoya

ただ今、午後9時過ぎ。
外気温 32℃。
真夜中0時でも30℃ある。


この地に生まれ、この地に育った(これまでの人生の半分)私としては、もうこれくらいは許してやれるくらいの度量は持ちあわせているつもりである。
しかし、そのつもりでも・・・・
しかし、こういう日に限って、那覇が31℃とか30℃って・・・・・・どうしてこうなるの?
というのが毎年の思いでもある。


20年ほど前、北海道を自転車旅行中のことである。
道東方面に当時の国鉄標津線という鉄道があった。
その路線の、計根別(けねべつ)という駅で休憩したことがあった。

摩周湖の近くから東へ行く国道に入る。
行けども行けども1〜2時間走っても、ほとんど風景の変わらない茫漠たる牧場と原野の連続。
空は、曇り空。
肌寒ささえ感じて、手がかじかんでくる。
心細さがだんだんつのってくる。

そんな中でその街に辿りついた。
計根別は小さな街だが、これまでの心細い風景の連続から開放されたような、何かほっとするような気分だった。

気温15℃の表示。
駅の待合室のKIOSKで何と暖かい飲み物を手に入れることができた。

さて待合室のテレビでは・・・・
????夏の甲子園????生中継である。
待合室の片隅には何と???????i?????j石炭ストーブが煌々と燃えている。

思わず日付を確認する。
駅の改札口に掛かっている日めくりのカレンダーは確かに8月14日・・・・。
時計の日付も同じ・・・・。

国鉄標津線がまだ生きていた頃の話である。

その後根室標津では、あまりの寒さにジャージを1枚買い求めたことは今でも鮮明に覚えている。

1985年。
佳き80年代の思い出のひとコマである。
posted by TETSU at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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