今回の那覇滞在中、ちょっとスケジュールの変更調整のために空白の日が1日できてしまった。
ホテルのある牧志から天久、おもろまち方面まで散策する。
サンエーのシネマで「出口のない海」を観る。
戦争論、平和論を語り出すとキリがないので、ここではあえて深い論は避ける。
私にとっては、この映画は柏原収史演じる「佐久間安吉」。
これに尽きる。
予告編で予想されていた「悲惨」だったのだが、まさに予想通りの悲惨。
当然、海老蔵演じる主人公の話が描かれているのに比べて、安吉の事がほとんど描かれていない。
それだけにむしろ彼自身の身の上に大いに想いを馳せる。
その分皮肉にも、彼のシーンがこの映画の全てでありメインではないだろうかとさえ思えてくる。
回天の始動レバーを押す時の絶叫・・・・・・。
自ら「死」への動作を開始させる場面。
こんな残酷な場面があるだろうか。
彼は狭い室内でどんな思いで、我々の想像を絶する恐怖と「生」へのいとおしさを抱いて艦を発進させたのであろうか。
突入の瞬間、艦内に響く「ド〜ン」という鈍い音。
安吉がこの世から消え去った一瞬の時。
神棚に、「軍神 佐久間安吉」の木札がかけられる。
人の命がこんなものに変えられてしまう世だったのか。
彼らはやはり人間として「生」がいとおしかったのは紛れも無い事実。
しかしそれを払拭させるためには何かを信じるしかなかった。
信じきるしかなかった。
こんな運命に導いてしまった国家とは一体何だったのだろうか。
安吉は関西のある所で、さぞかし美しいお母さんの慈愛に包まれて平和に育ったのだろう。
それが、わずか20数歳でこんな壮絶な人生の終わり方を迎えるとは・・・・・。
月並みな言葉だが、「生」と「死」は彼にとって何のためだったのだろう。
そして、それらは今の我々にとっていったい何なんだろう。
さて・・・・・安倍総理さんよ。
我々の自由意志をくれぐれも強制にしないでくれよな。
2006年10月06日
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