2007年07月03日

シュガーローフの戦い

先の大戦における沖縄地上戦のとあるひとつの側面。



安里、おもろまち付近の高台地域は近年、那覇新都心としての発展がめざましい。
おもろまちの駅で降りて少し歩くと、給水タンクを頭に頂いた小高い、小さな丘がある。
一見何の変哲もないこの丘。何度もその給水タンクの丘の横を通ったことがある。
先の大戦でこの丘の争奪戦で、激戦が繰り広げられて、沖縄戦のうちのひとつの局地戦としては米軍側にも多大な損失が出たということを知った。

激しい日本の戦争継続の姿に、戦時国債発行に躍起になって必死でもあった当時のアメリカ。
対日戦継続に焦りの側面が見え隠れしていたのではないかという感じも個人的にはする。

いずれにしてもアメリカは物量に任せた力攻め一本槍という感じ。
日本本土無差別爆撃にしろ何にしろ同様。
物量作戦の物量を動かすのは人間である。
その物量の数同様として投入された兵士たち。

また一方で、多くの自国戦闘員の生命と引き換えに、敵国の無辜の一般市民が犠牲になっていいという考え。
何万という女性、子供、老人が生きたまま焼かれたり、爆発物の直撃を受け、一瞬のうちに身体ごと粉々にされたという事実。それが米国戦闘員の命の代償だと言うのか。
詭弁とはまさにこのことである。
敗戦国として後年の条約でいろんな条件を放棄したとは言え、戦勝国側も国際条約違反の行為を犯したという事実は残る。

いかなる戦後の歴史分析や評価があろうとも、いかなる弁解理由があろうとも、いかなる詭弁を弄しようとも決して消えないもの。それは実際に起こった「事実」なのだ。

犠牲者の実数では日米には差があるものの、双方多大な犠牲があった。
これらの事実に対して「しょうがない」で済まされることは決して何ひとつない。

人類は学習する動物、進化する動物であることを信じたい。

双方の犠牲者に黙祷。
posted by TETSU at 21:59| 沖縄 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シュガーローフの激戦!。
去った大戦の中でも、日米双方の犠牲者が多数出た数少ない激戦地です。
私と同世代の沖縄県民でさえ、あまり知られてはいないこの壮絶な戦いをTETSUさんが詳しく知っいることに対して驚くばかりです。
若くして犠牲になった、ひめゆりの少女達や若き命でゼロ戦の神風特別攻撃隊の惨劇はここ沖縄で起ったことはよく知られたことですが、この戦いはあまり知られてはいません。
県民の犠牲者もさることながら、この戦いで家族や友人、恋人のために散っていった若い日本兵がいたことを後生に伝えたい。戦争を美化するものでは決して無い!。歴史の教科書問題で書き消されようとしていることと、日本兵が一方的に悪者扱いされている沖縄県内の論調もいかがなものかと思う一沖縄県民である。
沖縄戦も、広島、長崎に人類未曾有の原子爆弾が投下されたことを日本国民として決して忘れてはならない。平和ぼけした一部の政治家に唖然とするばかりです。あらためて現在の平和な世の中を大切に維持する強い決意を感じずにはいられません。
また、あの日とおなじように暑い夏がやってきます。合掌。

三方ケ原の合戦、この平和な現在に感謝しつつ、参戦致します。
Posted by ゆーぼーパパ at 2007年07月05日 01:42
この小高い丘の攻防を巡って数千の人間が殺しあったのですから悲惨です。わずか1週間のうちに11回も奪ったり奪い返したり。
「嘉数の戦い」とともに、もっとクローズアップされて伝えられてもいいと思いました。
双方にいたずらに多大な犠牲が払われたこと。
合掌。
Posted by TETSU at 2007年07月05日 07:10
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