あれは1985年
「わいは雑草や。雑草は踏んでも踏んでもすぐ伸びてきよる」
地味ではある。決してエリートではない。
それでも雑草のような逞しさで生きていきたい。
そんな思いを語っていた公共広告機構のCMがあった。
恭平が、自分の本音を自らのブログで書いている。
初めて知った苦労の事実の数々。
驚きとともに読み進む。
苦労をしてきた。
文字通り、雑草の生えたグラウンドでの練習。
でも若いうちのこういう苦労は貴重だと思う。
いつか必ずどこかで役に立つ時が来る。
自分の拙い人生経験からすれば、これは保証する。
それと・・・・
劣悪とも言える環境ではあるが、何よりも今まで自分の「好き」なことができてきた幸せ。
そういうことにめぐり合えた幸せ。
これに感謝しなければならない。
琉球の草創期メンバーであれ、新規に戦力に加わったメンバーであれ、球団への熱い思いは皆同じだと思う。
しかし一方で恭平曰く、「中途半端」・・・・らしき指摘もある。
途中から仲間に加わったメンバーも、これまた想像もつかぬほどの紆余曲折を経てきている。
艱難辛苦の経緯は、なにもオリジナルメンバーに限ったことではない。
決して中途半端な思いで南の島に渡ってきたのではない。
いずれみんな必ず歳をとる。
メンバーが完全に入れ替わる時は必ずやって来る。
そのときに今のこの熱き想いが代わらず伝承されていれば、それを共有し続けることができれば、本当にそれは球団にとっての伝統となり財産になるはずである。
ともかく、今、一番大事な事。
「次になにをすべきか」ということ。
それだけに集中しなさい。
過去の経緯を穿り返している時間は、さほど残されてはいない。


