私の母方の祖父(故人)は、野球観戦が好きだった。
しかし華やかな「職業野球」にはさほど興味を示さず、ある夏の昼下がりにカンカン帽をかぶってステテコ姿で高校野球の地方予選を観に行ったりしていたような人だった。
決まって強豪校対普通の県立普通科校のカード。
陣取るは県立校のスタンド。
そのへんの何というか「気まぐれ、ひねくれ」感覚のDNA配列を、私がしっかり受け継いでいることを今更ながら実感する。
私は幼少の頃、父親の転勤の関係で東京・板橋に住んでいたことがあった。
その祖父は、後楽園球場で行われていた、全国社会人野球の「電電公社(今のNTT)名古屋」の応援と観戦のために上京していた。
下馬評ではおそらく敗退と思わていた対戦であったためか、最初からその日のうちに名古屋へ帰るつもりであったらしい。
しかも、周りは関東勢の圧倒的多数。
しかし・・・・・こともあろうか勝ってしまった。
夜、10時過ぎに、板橋の住まいの玄関をノックする音がした。
祖父である。
「名古屋が、勝ってまったでかんわ。すまんけどよー、泊めてまえんきゃー。あさって準決勝だでよー」
(訳:(負ける確率が高かった)名古屋が勝ってしまったよ。悪いけど泊めてくれないか。あさって準決勝だからな。)
おじいちゃんの思わぬ来訪に幼き日の私は喜んだものだった。
母も、実父の突然の訪問に驚いた様子だった。
そもそも電電名古屋は祖父の弟(私の大叔父)がかつて戦前にプレイしていたチームであった。
外野手であったと聞いている。
その強肩ゆえに、出征した時は最前線で手榴弾投げをやらされたとも伝え聞いている。
(ちなみに、その大叔父は無事に戦地から生還した)
1人でさりげなくふらふらと観戦に出かける。
しかも完全アウェイ(ビジター)の真っ只中へ。
マイナーではあるが、のし上がろうとしているところが好き。
そんな感覚のDNAはしっかり私の体内に拡散している。
えー、ちなみに私の父は、昭和29年とある球団の日本一記念パレードに仕事サボって出かけて、あのフォークボールの杉下と握手した とのことです。


