小学生の頃住んでいた近所に小高い丘の上に神社がある。
かつて、織田信行の居城であった末盛城と言われる城跡。
(石川県にも同名の城がある)
こんもりとした森に包まれて、その周辺は僕たちガキ共の格好の遊び場だった。
その昔、濠であった場所の恐ろしいほどの高い急斜面には、ガキ共(含む、私)が滑り降りた跡、そして森の中にそこかしこに点在する「秘密基地」の数々。
その八幡様の入口には、いきつけの駄菓子屋さんがあった。
木造の、それこそ昭和レトロそのものの店構え。
昭和40年代初めの話である。
今。
まもなく47歳になろうとしている「少年」がいる。
その場所は「彼」のいつもの通勤経路。
その駄菓子屋さんはすっかり姿を消して、小奇麗な店構えのダイビング・ショップができていた。
新しいスイムウェア、マリン用品一式などをそこで買った。
新しい沖縄との出会いがあったらばこその買い物。
時の推移とともに、少年の人生の変遷に応えるかのように、昔懐かしい同じ場所に店舗構えている。
何か運命的なものを感じずにはいられなかった。
(この文章は、井上陽水の「少年時代」を聴きながら読んでください)



私の少年時代も、同じく、昭和40年代、
今の時代のように物は豊かではなかったが、美しい自然(沖縄では当然ながら海!)の中で過ごした少年時代は、なりよりもかけがえのない思いでになっています。あの頃の沖縄の海はどこでも、当たり前のように特上の珊瑚礁があり色とりどりの熱帯魚が泳ぎまわっいて、今となってはまぼろしと言われる赤いピンク色の枝サンゴ(正式名称?、ど忘れしたしたが)も当たり前のようにありました。現在では、沖縄本島ではなかなか見つかりません。座間味の海や粟国、渡名喜とか周辺離島にはまだまだ手付かずの海が残っています。それにしても、四季折々の移り変わりがはっきりした、日本(本土)は実に美しい国だと思います。
暑い時は暑く、寒い時は寒く、暖かい時は暖かく、
四季折々の自然が見せてくれる美しさは、沖縄には無いものです。
桜の花があんなにも美しいものだと知ったのも開花期間があんなにも短いと知ったのも、つい8年前のこと、
美しい海にかこまれた沖縄を誇りに思いつつも季節感のないスローな空間も、一長一短ありと思う今日この頃です。
いつもながら長文のコメントになりすみません。
10中旬に来沖とのこと、やはり、ここ沖縄の直射日光は10月と言えども強烈なことは間違いないでしょう。3月の開幕戦には黒人のような日焼け(焦げた)したFC琉球の選手が証明しています。
ほんの少し(限り無く0に近いかも?)秋めいているかもしれません。
きれい系のお姉さんインストラクターに出会えるよう幸運を祈っております。
ネイティブナゴヤ弁とネイティブウチナーグチ。・・・・・・・。