挙母(ころも)という地名が愛知にある。
それが由緒正しいそもそもその場所の名前だった。
それが、某大手自動車メーカー創業者の姓を行政名に冠した。
T●YOTA
この街と岡崎との間に、その昔、日本初のJR(当時は省鉄)バス路線が開業。
当時は、乗り合い自動車と言っていたらしい。
いかにも自動車の町らしいエピソード。
現在のスタジアムからそんなに遠くない場所で、1915年に産声を上げた赤ん坊がいた。
その赤ん坊の親がどんな人だったのか、そしてどのように成長し、どのような少女時代を送り、どのような人と出会い、そしてどのようにして私の爺ちゃん(故人)に出会ったのか、まったく知らない。
2008年冬。
寒いこの時期に、脳塞栓で倒れる。
昏睡状態が10日も続いている。
こんな状態になるとは・・・・・・・。
2004年。
だんだん体力がなくなって自宅で生活が困難になったのを契機に老人介護施設へ入った。
それからは、私は忙しさにかまけて、そして老いていく寂しい姿を見るのがつらくて、自分勝手に足が遠のいてしまっていた。
さぞかし孤独だったに違いない。
もっともっと家族の愛を持って会いにいくべきだった。
物凄い後悔の念がある。
意識のない状態で、今となっては声をかけるしかすべがない。
祈るしかない。
何を祈ったのかわからないくらい、ともかく本当に漠然とした祈り。



厳冬の中、御祖母様
のご容体について、
貴殿のご心中御察知致します。
バランスを取りながら懸命に生きると言う貴殿の姿勢、お気持ちは時空を越えて、きっと、ご祖母様に届いていると思います。
貴殿の繊細かつ穏やかでありながら、時には熱き気質は、きっとご祖母様のDNAを引き継いでいると思います。尾張地方(三河?)の自動車の豊○市の本当の地名を知ることができました。
こちらこそご無沙汰しております。
遥か南の島の友人からの本当に温かいお言葉に救われます。涙が出る思いです。
ありがとうございます。
今は、静かにあるがままの状況を受け入れようと思います。